トモちゃんが
トモちゃんが5匹の子犬を産んだのは今年3月のことだった。シバイヌ雑種のきょうだいはやがて小屋から出て駆け回るようになった。雌の1匹だけ様子が違ったという。
▼小屋から出ようとしない。いつもおびえたようにキャンキャンとほえるだけ。飼い主の愛知県津島市、浜田国光さん(63)は「これは多分…」。獣医師に診てもらったところ、やはりそうだった。
▼浜田さんは若いころから犬を飼っているが、目が見えない子犬は初めて。ほかの4匹を希望者に引き取ってもらったときも小屋の中でじっとしていた。小首をかしげて、悲しそうに。
▼1カ月ほどたったある日、盲目の子犬は飼い主を驚かす。「帰宅すると、小屋から出て遊んでいたんです。すぐには信じられませんでした」。楽しげにヨチヨチと庭を駆けていた。「すごい勇気ですよね」。
▼トモちゃんともじゃれ合う。どんどん駆ける。つまずいても平気。家の外にも飛び出す。人や物にぶつかりそうなときも正面衝突はしない。においや気配で分かるようになったらしい。名前は「あかり」。明かりを、の願いを込めていた。鼻と耳で光を見つけたようだ。
▼あかりちゃんのことは中日新聞で知り、電話で話をうかがった。定年退職後は米づくりにいそしむ浜田さんは、いろんな人から「あかりちゃん元気?」と聞かれるそうだ。「電話口に寄ってきましたよ、聞こえますか」。じゃれつく元気な声が聞こえた。
落語「100年目」は大店(おおだな)の旦那(だんな)、つまりは主人(あるじ)が番頭に説いて語るくだりが聴かせどころだ。近ごろ店の若い者に元気がないのを主人は心配していた。
▼キーワードは旦那。「どうして旦那と言うか知ってなさるか?」 自分も最近聞いたと主人が言うには‐。天竺(てんじく)に栴檀(せんだん)という大木があり、根の辺りに難延草(なんえんそう)が生えていた。これを見た人が邪魔に思って難延草を刈り取ると栴檀は一晩で枯れた。
▼難延草の根は、じつは栴檀の肥やしとなり、難延草は栴檀から露をもらっていた。もちつ、もたれつ。栴檀のだんと難延草のなんをとって、だんなん…だんな、になった、とあくまで落語の世界の話だが。
▼社会生活でよく使われる漢字の目安となる常用漢字表の見直しを、文化審議会・漢字小委員会が進めている。新たに加える可能性がある「俺」など188字が公表された。「旦」「那」もあった。
▼落語の主人は「この家でいうのもおこがましいが」と話を続ける。主人が栴檀なら番頭は難延草、店へ出れば番頭が栴檀で若い者が難延草。「私もおまえさんには露をおろしているつもりだが、どうか若い者にたくさん露をおろしてやってもらいたい」。
▼お金だけでなく知や情で包んだ露もあろう。「主人」を各界指導者や経営者、「番頭」を組織の幹部などに置き換えると、若者のことがとかく言われる現代にも通じそう。以上、漢字を通して見えてくるものがある、という一席。
=2008/06/22付 西日本新聞朝刊=


コメント